史上最高値更新も失速のBTC ジャクソンホールまで我慢か:8月のBTC相場

史上最高値更新したが...
7月のビットコイン(BTC)ドルは10万7198ドルから取引を開始すると、月初からADP雇用レポートの下振れや、米国における大型減税法案の成立を受けて11万ドルを窺う展開となった。しかし、4日には、14年間休眠状態だったビットコインのアドレスから1兆円相当のBTCが送金されたことで、クジラによる売り圧力懸念が相場の重石となり、11万ドル定着に失敗した。
ところが、9日に6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨が公表されると、政策金利維持派と利下げ推奨派で意見が別れていることが明らかとなり、利下げ期待からBTCは11万ドル回復に成功。また、翌日には米国税庁(IRS)と財務省が、暗号資産(仮想通貨)の分散型取引所(DeFi)などに対して義務付けていた顧客取引情報の提出規則の撤廃を発表したことで、規制緩和期待が仮想通貨市場の追い風となり、BTCは一気に12万ドルを試す展開となった。これにより、BTCは連日史上最高値を更新することとなり、14日には12万3089ドルの高値を記録した。
一方、14日の海外時間からは、米消費者物価指数(CPI)の発表を控え、ポジション調整の売りが入り、相場は12万ドル定着に失敗。幸い、CPIの上振れサプライズはなく、卸売物価指数(PPI)は伸びが鈍化したことで、相場の下値は堅かったが、その後も節目の12万ドル乗せには苦戦する展開が続いた。
25日には、月初とは別のクジラが同じく14年ぶりに1.3兆円相当のBTCをギャラクシーに送金し、再び売り圧力懸念により相場は一時11万5000ドルを割り込んだが、この日の米国時間終盤にギャラクシーが売却完了を発表したことで買い戻しが入った。27日には米中が相互関税発動延期を調整しているとの報道を受け、相場は12万ドルを試した。
こうしてクジラの売りをこなしたBTC相場だったが、30日のFOMCで利下げのタイミングについて手掛かりが出なかったことで、米金利の上昇が相場の重石となった。この日はFOMC直後にホワイトハウスから仮想通貨政策レポートが公開され、戦略的ビットコイン備蓄へのコミットメントを再確認できたことで、相場の下値は支えられたが、翌31日の米個人消費支出(PCE)デフレーターの前年比の伸びが市場予想を上回って加速したことで、相場は11万5000ドルを窺う展開となり、終値は11万5764ドルとなった。

しぶといFRBの慎重姿勢だが...
6月のFOMCでは、満場一致で金利据え置きが決定されたが、議事要旨では「2、3人の参加者(a couple of participants)」が7月の利下げを選択肢に入れていると明かされ、利下げ期待が強まった。しかし、7月FOMCではボウマン副議長とウォラー理事の2人が金利据え置きに反対票を投じたが、パウエルFRB議長は9月の利下げについても「データ次第」というスタンスを崩さず、利下げのタイミングを語るには時期尚早と発言。利下げ期待が膨らんでいただけに、市場には「タカ派的な金利据え置き」と捉えられた。
FRBメンバー内で利下げへの支持が明確に出始めたにも関わらず、市場の反応はやや大袈裟な印象もあったが、FOMC翌日に発表されたPCEデフレーターの伸びが加速したことで、FRBのスタンスが正当化されることとなった。
ところが、8月1日発表の7月の米雇用統計では、月間の雇用者数が市場予想の+11万人を下回る+7.3万人となり、失業率は4.1%から4.2%に悪化しただけではなく、5月と6月の雇用者数が合計で-25.8万と大幅に下方修正された。この結果を受けて、米労働市場の失速、引いては景気後退懸念が台頭し、1日のBTC相場は米国株相場の下落に連れ安となり、2日には11万2000ドルまで下落したが、FF金利先物市場が織り込むFRBによる9月の利下げの確率は40%弱から83%まで急上昇した。
当方では、米労働市場の求人件数低下やプライベートセクターの雇用減少を背景に、予てから労働市場の減速を指摘してきたが、7月のFOMCの労働市場の評価は「全体的に堅調(solid)」という結果であり、この点においてもFOMCは予想以上にタカ派的だった。しかし、下方修正後の月間雇用者数は5月から+1.9万人、+1.4万人、+7.3万人となり、3カ月連続で12カ月平均を大きく下回る結果となっている(第2図)。

また、労働市場の失速は雇用者、即ち需要サイドの問題だけではない可能性も指摘される。7月の雇用統計での失業率は4.2%と、歴史的には低い水準で推移していると言えるが、直近3カ月で労働力率(labor force participation rate)も低下している(第3図)。
失業率は単純に無職の人口の割合ではなく、無職だが求職中、或いは労働意欲のある人口を示しており、労働力率の低下はこうした労働意欲のある人口のパイが縮小していることを示している。つまり、足元では労働市場における供給の低下も始まっていることが示唆されており、需給両面の下振れリスクが燻っている可能性があるという訳だ。

パウエル議長はこのリスクについて認識はしていると記者会見で明かしたが、関税の影響が不透明であることから、抑制的な姿勢を維持することを優先した格好だ。しかし、利下げに賛成したボウマン副議長とウォラー理事は、やはりFOMCの時点で労働市場の減速兆候を懸念しており、これ以上の減速を事前に食い止める必要性を1日に公開された声明で明らかにした。特に、ウォラー理事は、関税の影響は現時点で限定的であることを引き合いに、この先数カ月間で関税の影響を見極めるために政策金利を維持することは、労働市場へのリスクとのバランスが取れていないと警鐘を鳴らしている。
雇用統計の発表がFOMCの後だったことを考慮すると、労働市場への懸念はFRBメンバーのなかで少なからず強まっていると言えよう。8月は21日〜23日の日程でジャクソンホール経済シンポジウムの開催が控えており、パウエル議長のタカ派的スタンスが緩むことが予想される。
ジャクソンホールでパウエル議長が政策の緩和余地を市場に発信し、8月の雇用統計も悪化傾向が続けば、いよいよ9月の利下げが確実視されると指摘され、BTC相場には追い風となろう。
8月の見通し:今は我慢?
とは言え、8月はFOMCもなく、ジャクソンホールまでの取引材料は経済指標に依存する形となるだろう。特に注意が必要なのは7月のCPIと言え、6月に続き加速傾向が続けば市場の利下げ期待に冷や水を浴びせよう。幸い、CPIの先行指標とされるPPIは、6月に伸びが鈍化していたが、関税の遅行的な影響や原油価格の継続的な上昇を踏まえると、油断は許されない。
他方、1日にはFRBのクグラー理事が突如、来年1月31日の任期を前に8月8日での退任を表明した。同氏はパウエル議長と同様に関税の影響を見極めるべく政策金利の維持を推し進めていた「タカ派」であったが、退任によってトランプ大統領が後任を指名する運びとなる。トランプ大統領は、勿論、利下げを要求する自身の政策要望に同調する後任を指名する可能性が高く、FRB内のハト派勢力拡大が期待される訳だが、ジャクソンホールで利下げの手掛かりを掴めるまでBTCは明確に方向感を示しにくい状況が続くとみている。
8月のBTCドルの想定レンジとしては、10万5000ドル〜14万ドルを想定する。メインシナリオとしては、足元の利下げ期待が相場の下値を支えつつも、ジャクソンホールまでは決定的な買い材料に乏しく、戻りを試す場合でも12万ドルが相場のレジスタンスとなろう。ただ、ジャクソンホールではパウエル議長から政策方針転換をほのめかす発言があると指摘され、下旬にかけて一段高を演じて13万ドル台に乗せると想定している。
仮に、ジャクソンホールまで相場が軟化したとしても、短期筋の平均取得単価となる10万5000ドル周辺は相場のサポートとして機能するとみている。ただ、相場が更に水準を下げた場合、ジャクソンホール後の上昇余地はメインシナリオと比較して限定されると言え、13万ドル乗せは難しくなるだろう。
